実は日本発祥、競輪の歴史

競輪は実は、日本発祥のスポーツです。1948年11月20日

小倉競輪場で初の競輪が開催されたという記録がありますので、その歴史は70年ほど、ということになります。

競輪の誕生秘話

競輪が誕生したのは、戦後直後のこと。元満州国官吏の海老澤と元陸軍大尉の倉茂の二人が、東京に国際スポーツ株式会社を設立し、競輪を運営しはじめました。当時、各地で盛んに自転車レースが行われ、賭けの対象になっていました。表向きは「サイクルスポーツの振興」と「自転車産業の発展」を掲げていましたが、本当のところは収益は復興の資金にまわされていたようです。国際スポーツ株式会社での競輪開催は難航したものの、後に政府の下で法整備が行われ、自転車競技法が1948年に施行されます。

そして、同年11月20日福岡県の小倉競輪場にて「第1回小倉競輪競争」が行われ、正式に国営競技としての競輪が誕生しました。

競輪人気の高まり

1948年の誕生以来、競輪人気はじきに競馬の人気をしのぐほどの盛り上がりを見せるようになります。競馬よりも競輪の方が控除率が低かったことなども一因のようです。一方で、大阪住之江競輪場の暴動事件を始めとし、各地で暴動が起きるといった事態になり、世間のから猛批判を浴びるようになってしまいます。1950年にはついに、2か月間の自粛を余儀なくされました。この問題は国会でも取り扱われ、日本共産党から競輪廃止法案が提出するまでになりました。この法案は否決となったため、競輪は廃止を免れ、今があるというわけです。

世界選手権10連覇、ギネス世界記録の偉業

日本の競輪選手である中野浩一選手は、日本スポーツ史上初の世界選手権10連覇(ギネス世界記録)の記録を持っています。1975年8月ベルギーで開催された「世界選手権自転車競技大会」で阿部良二選手が初めての銅メダルを獲得しました。

そして、1977年のベネズエラ大会で、中野浩一選手が日本人初となる金メダルを獲得しました。中野選手はその後10年間、「世界選手権10連覇」という日本スポーツ史上初の大偉業を達成しています。

中野浩一選手は、肋骨が折れて肺に突き刺さるという重傷を負いながら、完治しないまま大会に強行出場し、当時の世界新記録を叩き出したという逸話のある、伝説の選手です。

10連覇達成は「同一競技世界選手権最多連覇」として現在でもギネス世界記録に認定されています。

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